所信の一端をここに記しています。
by taku--chan
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カテゴリ:想( 72 )
決断とは
勇気と決断という話を先日書き込みましたが、
そもそも『決断』って?というという素朴な疑問のメールをいただきましたので、
そのお返事も兼ねて、ブログに書き込もうかと思います。

皆さんも人生において様々な場面で決断をされてると思います。
その語彙については意外と知られていません。
不思議だとは思われませんか?

決することを断つと書いて、決断です。
でもその意味は、
1 きっぱりときめること。2 善悪を判断・裁決すること。(広辞苑より抜粋)
とあります。

さて意外と知られていないその語源でありますが、
中国最古の王朝に当たる、夏王朝(紀元前2070〜1600)の始祖である、
禹(う)王が行った治水に語源があります。

禹王は儒教の中国古伝説に伝えられる聖王の一人である。
父である、鯀は堯王に仕え、治水にあたったが、その努力にもかかわらず失敗、
その責任をとって死罪となりました。
禹は父の後をついで、修めた学問と工夫による技術で遂に治水に成功した。
このことから禹王は治水の祖として崇められた。

その工夫とは、
曲がりくねった河川の一部を意図的に低くし、大洪水時には決壊させ
一部の村や田畑を犠牲にすることで大被害を抑えるという手法を用いた。
この工夫により治水に成功した禹王は治水の祖として、
さらに王として君臨するにまでいたるのである。

つまり、『堤防を断つことを決する』こと、すなわち決断がその語源となっている。

犠牲を伴っても、大勢を救う。
この判断は正に今使われる決断であったろうと思う。
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by taku--chan | 2008-03-30 15:47 |
勇気と決断
勇気と決断

私の仕事にとって持ってなければいけないもの。
でも、勇気の前に決断を持ってはいけない。

決断しなければいけない場面はよくある。
煮え湯だろうが、意に反しようが、決断を迫られれば応えなければならない。

勇気は必要だが、自分より前においてはいけない。
心の奥に潜む程度にあればいい。

勇気と決断
印象は似ているが、蒼い空と碧い海の両の違いのような気がします。

このバランスが悪いと、時代として前のめりに倒れたり、
ひきづられて後ろに飛ばされてしまうかもしれない。

だから政治は難しい。

この一連の騒動に妥協は許されない。
しかし、賛成をする方々に勇気と決断はあっただろうか?

そして、決断してから勇気を持つような身の振り方には
なりはしないだろうか?

他人事ながら心配になる。
なぜなら、その犠牲や負担を強いられるのは他でもない都民だからである。


私も勇気と決断のバランスはまだ悪い。
でも信念を加えて、倒れないよう意地を張っている。

高校時代に読んだ詩の一説だったこのフレーズが
最近妙に分かるようになってきた。

少しは大人になったのでしょうか。
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by taku--chan | 2008-03-27 13:52 |
感謝
昨日は久々に取材を受けました。
どこでどう目に留まったのか、中学2年生の社会科の
レポートの題材になってました。

某私立中学校ですが、ありがたいことです。
そして中学生に感心されながら話すのはちょっと照れくさかったりもしました。
でもいい時間で、充実と気力をもらい、逆に感謝。
ありがとうございました。

でも照れくさいんだそうで、ブログにかくのは勘弁して欲しい
ということで、学校・名前は伏せておきます。

議員活動も、地域活動も、ボランティア活動も、
やっててよかったなって、なんだか嬉しくなりました。
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by taku--chan | 2008-02-02 14:24 |
正常化
頭の中をイメージした新たなスキンで日記再開です。

さて、政治は日々動いています。
ねじれは正に政治を正常化させているといってもいい状況だと
私は思っています。

ねじれてもいなかった政治は緊張感もなく、惰性が多かった
と感じられている方も多いと思います。
議論の末結論を出していく、というのは国会の常道であるべきです。

都議会もいよいよ今月から予算含みの重要な議会がはじまります。
十分な議会運営ができるよう、準備を重ねて参ります。

それにしても激しいスケジュールの1月でした。
ようやくこちらも正常化しております。
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by taku--chan | 2008-02-01 15:47 |
天下分け目
ここのところ、どの会に参加しても、
誰かに会っても、
『民主党いいね、今がチャンスだね、頑張って!』といっていただけます。

嬉しい限りです、力が湧きます。

でも、今がピークであってはなりません。
これから先ずっと、我が国をリードしていける政党として成長を続けて
いけるかどうかが大切です。

これは地方議会でも同じだと思います。
これから先、民主党が真の政権交代を果たすと、新たなねじれ現象が起こります。
それは、国会は民主、地方は自民というねじれが起こるのです。

地方分権が進み、地方自治が一層求められ、強くなっていくこれから、
このねじれは新政権にとって当面大きな課題となるでしょう。

そのためには地方でもしっかり、私達が早々にその自覚を持ち、
全てに対応しうる能力や努力、勉強や研鑽を積まなければなりません。

衆議院と違い、その時代にあわせて解散・総選挙とは地方議会はなりません。
4年に1度、その真価を問うのが地方のルールです。

今からが大切であり、今からが天下分け目の戦いなのです。
そのことを肝に銘じながら、日々を過ごしたいと思います。
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by taku--chan | 2008-01-17 22:06 |
感謝
振り返るば激動と、そして人生の大きな節目となる一年であった。

5回の春の選挙、藤井まなはじめ多くの区議の誕生、都知事選の敗北。
人の命とは、家族とは何かを真剣に考えなければならないこともあった。

自分の想いや考えを伝える、そしてそれが思う様にいくなんてことは
そうそうないもんだなと尽くかんじた一年でもあった。

今年のブログを振り返ってみると、人生という言葉がよく出てくる。
35歳ごときに人生もないのかもしれないが、それなりに考えることが
多かったのが事実だろう。

よく泣いた一年だった。よく笑った一年でもあった。よく辛抱した一年だった。
考えごとの多い一年であった。でも悩む暇もない一年だった。

2007年、自分の人生らしい一年だったと思います。
そして2008年が楽しみです。

甘やかしてくれた皆様、許してくれた皆様、見逃してくれた皆様。

来年は一味違った山口拓でいきます。
宜しくお願いいたします。

そして関わることのできた全ての皆様。
本当にありがたかったです。

たくさんの方に、今年も一番お世話になりましたが、
一番温かく見守ってくださった、日赤病院のO先生。
言葉にできないほど、夫婦で感謝しております。
ありがとうございました。

そして最後まで励まし続けてくださった中畑会長、そして朝賀先生。
本当にありがとうございました。

言葉少なくとも、その気持ちを理解してくださった小宮山代議士。
堪えるのが辛かったくらい嬉しかったです。

そして、僕のことをいつもいつも大切に守ってくださる、
すべての皆様。言葉にならないくらいありがとうございました。

忘れちゃいけない、スタッフ。
わがままに付き合ってくれてありがとう。
そして、色々な気付きを与えてくれてありがとう。

本当に感謝の一年。
来年は恩返しの一年になるよう頑張ります。

それでは皆様、よいお年を。

                     2007年 大晦日 山口 拓
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by taku--chan | 2007-12-31 23:30 |
年男
来年の干支は子年です。
私は47年生まれの年男になります。
と、少し心がけもいいことあるかなと淡い期待もしてしまうこの年末です。

例年に比べ、人の出も、車も多いように感じます。
去年は、30日もうほとんど人を見かけることもありませんでした。

今日もまだまだ外回り。
遠くは羽田孜先生を囲む会に所沢まで、また藤井区議のご祖母の
お通夜など、一日駆け巡ります。

明日がいよいよ最後のブログ。
お出かけの方は、どうか良いお年をお迎え下さい。
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by taku--chan | 2007-12-30 12:13 |
2007
忘年会やらイベントが繋がり、ぐたっとした月曜の朝。
娘に起きろといわれるまで、寝ておりました。
といっても7時半ですが。

気がつけば今年も残すところ2週間です。
あっという間と、毎年使いますが、今年はこれまでで一番の
あっという間でした。

それもそのはず、前半は選挙ラッシュ。
後半は娘の死や妻の闘病と、これほど過酷だった一年も
そうないわけで、すべての出来事がまるで遠い昔の出来事のように
感じられるほどでした。

来年はねずみ年、年男です。
いいことあるといいなと思いつつ、今ここにあることが、十分に幸せなんだなと
実感した一年でもありました。
皆様はどんな一年でしたか?
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by taku--chan | 2007-12-17 15:38 |
師走
気が付けば師走。
あっというまに師走。
色んな表現があると思いますが、要は早かった一年。
終わりよければ・・・とはいかないでしょうが、精一杯残り1ヶ月過ごしたいと思います。
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by taku--chan | 2007-12-01 22:03 |
合掌
1945年の8月15日も、
同じようにこんなに暑い日だったのでしょうか。

終戦から62年。
日本だけが体験したこと、日本人の立場からだけの戦争ではなく、
あらゆる面からの戦争や歴史を今一度大切に見直し、
次世代へ引き継いでいかなければいけない様に思えてなりません。

私も戦争を知らない世代です。
しかし、その惨劇を幸いにも教えてくださる方々が、世田谷にも
そして身内にもたくさんいます。

この一つ一つをたったひとりでもいいから、しっかり伝えられれば
残っていくんだろうと思います。

私の母の里は長崎です。
戦火の中の体験を語るばあちゃんの目にはいつも涙が浮かびます。
想像もつきませんが、わが身に近い人物の声は、背筋を凍らせる
そんな感覚になります。

ひとつでもいいから、次世代に伝えよう。
そんな思いで迎えた15日でした。

そして、わが子を亡くしてちょうど3ヶ月が経ちました。
遠い昔のような気がしますが、まだ3ヶ月か・・・とも思います。
この間、お世話になった皆様のお心は消して忘れません。
想いの深いお盆を、家族とともにすごしたいと思います。
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by taku--chan | 2007-08-15 21:48 |


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