所信の一端をここに記しています。
by taku--chan
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神社の前で止まる津波
今年の新年会で、睦会や町会などでよくお話をした内容を
書いておきたいと思います。

きっかけは、TBSテレビ 報道特集「神社の前で止まる津波」を見たことでした。


福島県沿岸部82の神社を回って調べられたその内容は実に衝撃的でした。


南相馬市の八龍神社、照崎神社、相馬市の津(つのみつ)神社、陸前高田市の諏訪神社、仙台市の浪分神社、宮城郡の鼻節神社多くの神社が、目前まで津波が迫ったものの難を逃れたというものでした。

もちろん、すべての神社が津波の被害を免れたわけではありません。


しかしながら約8割の神社の社殿が、津波を避けました。

しかも流されてしまった神社は、成立は、慶長年間、正徳年間、明治、大正など比較的新しいようで、一方、残った神社の成立年代は不詳のものばかりのようでした。
つまり、記録にないほど古い段階でその地に建立されていたということになります。
記録から側聞するに1000年以上前から考えられるものが多かったようです。
傾向としては、古い神社ほど被害を免れたいえるのです。


つまりは、神社は、津波の被害を避ける場所を選んで建てられてきたということになります。



私もたびたび伺っていますが、宮城県七ヶ浜町の仙台湾に面する高台に建つ鼻節(はなぶし)神社は、これを裏付けるように、1100年以上前の、貞観津波(869年)がきっかけで安全な場所に移されたそうです。
その本殿脇の小さな祠に「大根明神」が祀られているのですが、この「大根明神」は、かつて、別のところ、はるか沖合に祀られていたんだそうで、貞観津波で神社が水没し、移されたという言い伝えがあるそうです。
そして、高齢の方々は避難の際、口々に神社に逃げなさいと言っておられたそうです。


このように歴史の継承が、神社に現れていたことは驚くべき事実であり、
これらを今一度検証し今後にさらに伝えていかなければならない。

さらには、今回の東日本大震災から学ぶべきを1000年に一度といわれるならば、
1000年後の子孫のために残していくのも今に生きるものの務めであろう。


国の災害の関連会議で、議事録をとっていなかったという報道があった。
まったく理解できないし、この意義からもその罪と言わないまでも責任は重い。

今こそ正しく検証し、そして復興に役立て、そして後世に伝えていく。
この視点も持っていかなければならない。


TBSテレビ 報道特集「神社の前で止まる津波」より一部引用。




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by taku--chan | 2012-02-08 13:02


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